かわいい子に衣装

カテゴリー │車にあ



先日自動車評論家の吉田匠さんが「男は黙ってスポーツカー
に限定販売(国内150台)の「アバルト695トリブート・フェラ
ーリ(569.5万円)」の予約状況は?という設問を書き、気に
していた。

次記事で「完売」がわかりFIAT500+派生モデルの人気にうな
ずいた。

世にかわいい子はたくさんいる中で、時に誰にでもかわいい
と思われるスターが誕生する。
業界はこぞってその子にさまざまな仕事をさせ、原石はさらに
輝き出す。その取り組みは見事に彼女をさらに光らせてゆく。

FIAT500(チンクエチェント)はこの時代に生まれた宝石である。
「かわいい」大きさであることが女性人気をあおり、「伝説が
あるから」男たちも注目する。

彼女にアバルトというタトゥーをまとわせたり、近々にグッチ
が内装とバッジを担当するモデルが登場する。
さらに、「フェラーリとお友達なのよ」と赤いドレスを纏った
かと思えば、追加色としてブルーとグレーを追加するのだとい
う。

車はファッションである。
その見せ方、売り方は作為である。どことコラボすればより
魅力をあげられるかの企画が常に彼女を取り巻いている。
そして、あのFIAT500が!と新しい取り組みがニュースになるの
である。

そしてたくさんの伝説を生みながら、そのベーシックが原石で
あると知らせるのである。

素顔(ベーシックタイプ)がよければどんな衣装も着こなすこ
とが出来る。ならば素顔のまま乗るという選択こそ美しいもの
ともされるのである。

彼女はまだたくさんの企画の中にいるに違いない。
既に彼女を手にいれていたとしても、それらはさらなる「伝説」
づくりとして拍手を贈るものとなる。

決して背が高く伸びやかな足を持つだけが美人ではないと知ら
される。小さな「アイコ」が万人に好かれるように、その音楽
がどんなアレンジになっても「アイコ」であるように私たちは
FIATの今後を楽しみにしている。

いつかデートしてみたいと思っている小さな女の子かつ可能性
でピカピカしたスターなのである。


 

基本はランチア

カテゴリー │車にあ



マイカーなどという表現はもう死語になるつつあるが、あたり
前のように車を持つことができる時代の少し前に「マイカー
ブーム」があった。

小学校の頃、まだ家に電話がない時代があり、学級の名簿の電
話番号欄には(呼)という表示があった。近隣の家に電話をし
てくれという時代である。

1000ccの日産サニーが登場すれば1100ccのカローラが生まれて
競い出した。日本の小さな車はマイカーブームと共に栄えた。
その中にはどの車にも似ていない美しいセダンやクーペが溢れ
ていたのである。

ランチアの車に惹かれるのは当時のままのようなシンプルな
スタイルであり、かつそのモデルたちがそれぞれ少しづつ主張
をするところである。

何の変哲もないリアの灯火類のシンプルさを見ても大衆車の域
を越えることなく、コンパクトな車を作り上げ続けていたその
良識を知ることができるのである。

大きなエンジンを持たず、セダンでありクーペであり魅力的な
スタイルを作り上げることは逆の制約の中にある。
その中でセクレタリーカーとして期待されるような華を持つ。

車とファッションは類似する。そのコレクションに似合う人を
想像させ、それに似合う街を想定させてくれる。
ランチアというブランドは明らかに乗る人を選んでいる。

小さな車からその車人生を始めるというルールが守られていた
頃、若者たちは小さくともファッショナブルな車を選んだ。

その車を見ればどんな年代層が乗っているかが想像できた頃の
車は若者層が楽しめることのみにデザインできた。

やがてくる大きな車の世代を前に楽しむべき車群を持っていた。

ランチアというブランドは”おしゃれ”感覚を持っている。
過剰ではないながら選ぶセンスを求めている車である。

このブランドを目指し、経てゆくべきだと思わせるものを持っ
ている。

大きなエンジンに快適サイズを求めてきた時代は終わり、もう
一度コンパクトなる大人を目指す時代がやってきた。

ランチアのクーペ群の魅力をもう一度見直せば大人の車の姿が
見えてくるのだ。


 

リトルインパクト

カテゴリー │車にあ



ダウンサイジングの風潮があり、ハイブリッドにEVの登場とも
あれば大きなエンジンとサイズの車に乗るのはスマートではな
くなる。

万年少年であれば常に憧れ続けた車たちに乗る前に迎えたこの
時代を少なからず恨んでしまうのである。

VWが行ったダウンサイジングはMAXまで大きく強くなったエン
ジンをわずか1.2リッターに縮めた、ハイブリッド群のエンジン
も小さくなった。
この時代、小さなエンジンで燃費をあげるのがクレバーな選択
とされている。

わずか1.3リッターのイタリアンがあった。

移動するのは常に1人か2人だからこれでいい、レザーのシート
を持ち、今もフルではオープンにはできなくとも軽いパネルで
しかないタルガトップをはずせば容易にオープンエアを楽しむ
ことができるのだ。

時代のスタイルとは違うとて、この直線で結ぶデザインは現代
が追いついたと言える、シンプルこそこの時代のスタイルであ
る。

リトルイタリアンは「バスン」と音がするドアどころか軽トラ
のそれのように金属の板そのものの音で閉まる。
ペラペラのボディは丈夫さなど皆目もない。

けれどもその非力なエンジンを背にするスタイルはイタリアン
の兄たちと同じミッドシップのレイアウトを持つ。

小さなサイズの中に何を魅力に盛り込むかは、街の移動手段で
あるコミューターとても、ならばこそ必要なのである。

大きなサイズ大きなエンジン、豪華なる車が余ることになるこ
の時代に復活すべきはミニマムサイズながら多くの「ファン」
を積む車である。

赤、緑、黄色、オレンジ、黒に白などさまざまなカラーのボデ
ィを持っていたコミューターかつサンデイドライブまでこなし
ていていた車はかつて存在した。

現代に歓迎される車はそのドライバーがスマートであることを
求められる。

決してお仕着せのような数を持つ車を選ぶだけの時代にならに
ようにと思うのだ。


 

VWバスな日

カテゴリー │車にあ



「海辺の町でお客さんの送り迎えをするんだよ」

魅力的な計画を聞き、仲間の選択を聞けばワーゲンバスだと言う。

車好きはそんな計画にまんまと乗り、頼まれもしないのにワーゲ
ンバスを探し始める。
車趣味な男たちはそんな情報に夢中になり、青だ白だツートンだ
とカラーリングから年代別のモデルの話を始め出すのです。

ワーゲンな楽しみは雑誌POPEYEから始った。アメリカの西海岸
の文化を直輸入する情報の網羅の中にカリフォルニア仕様のワー
ゲンがあり、そのモデルの一つにバスがあることを知った。

仲間と遊び道具を満載して海辺を走るワーゲンバスの夢である。

仲間でもそれがお客さまでも乗せる車ならば楽しさを演出したい。
協力なエアコンを持ち紫外線反射のガラスを持ち、豪華な内装を
持つ「イマドキ」ならば何の問題もないのだけれど、使うところ
は海辺の町である。

そのひなびた駅から海に送迎するならば窓からの風、小さなビニ
ール張りのシートでよく、砂でもゴミでも容易に掃き出せるよう
な気楽さのある車がよい、窓からは海の景色と潮の香りを取り入
れながら走るのである。

「意外と高くてね」、電話から少し萎れた声がする。

どんな高級な車だとしても楽しさまでを買うことはできない。
けれど、遊びを形にした車なら乗る前から楽しくなってしまう。

インターネットで大切にされただろうバスを見つけるたびに「お
おっ」と注目し、その姿を想像であの海辺の駅に置いてみる。

家族連れが駅から降りてお迎えの車をキョロキョロと探す。
そこで現代から取り残されたようなファニーな車が停まっている。

「ニカリ」とした仲間がハーフパンツにTシャツで迎えている。
そんな様子を思い浮かべる顔も「ニカリ」としているのである。


 

SAABな未来

カテゴリー │車にあ



少し旧いものを好きになる常、最新のデザインではトガり過ぎ、
また新しすぎて照れもある。
大人の鑑賞と持ち物にそぐうモノとは少しクラシックなもので
ある。

後ろから、車線違いの斜め後ろから何年も何度となく眺めるク
ラシックがいる。SAAB900のその名もクラシックというバック
シャンである。

先輩たちに愛されたスカンジナビアンは太りじし、それでいて
色気などを見せないから、派手な見た目を追いかけるような輩
の相手にはならない。

その輩もクラシックになりつつあることをすれば、ふとその後
ろ姿に気づくようになる。男も熟すのである。

クルマという歴史ある世界に追いつく男などはいない。
全ての好みのクルマとつきあったなどと豪語する男などさほど
はいないのは次々と生まれ続ける新車のほかに、趣味が熟して
好ましいと思うものが現れるからである。

短い期間につきあうのなら、ちょいと派手なのもよい、けれど
いつも一緒にと思うならば自分と同じ熟度のものがよい。

基本がかわりつつある現代、全てが内燃機関でというものは旧
いのだと言われはじめている。
クルマの歴史とは内燃機関であることの上に築かれた歴史であ
る。そのデザインも用いられ方も、愛され方もである。

ゆえにクラシック男は、まだ新しすぎるものをその趣味範疇に
は置けず、まだ先輩たちのように熟したものを愛したいとぞ思
う。

まだ熟しきらず男が愛するものと暮らす日を夢みる旅は続くの
である。


 

気になるワーゲン

カテゴリー │車にあ



スーッと横に並んだ車はワーゲン、下弦の半月のウィンドウから
やはり女性の横顔が見える。

出勤時間に見るならばワーゲンは女性に乗っていてもらいたいも
のだ。

ワーゲンは曲線で構成されている。全体を見るより部分のディテ
ィールで見るのが好きなのは男たちの常なのです。

気になるものを見かければ少し追ってみるのも男たち、横並びに
なるならば、それでも閉めたウィンドウ越しに見るならば女性の
乗るワーゲンはよいものです。

少しオシャレな、見られることを意識した車は少ない。
バランスすることも考えてワーゲンを選んだ、まるでアウターを
選ぶようにワーゲンというブランドを着た人を無礼でないように
眺めるのです。

ひとつの車種が選んだその人のセンスの一部を表している。
工業製品でいて最も外着としてコーディネートするものはヒント
を含んでいるのです。

ウィンドウ越しに見える下弦の月の向こうにクールな横顔が見え
る。
週末には遊びにもショッピングのオシャレな足ともなるこのアウ
ターは女性に似合う。

男たちは横目してそのラウンドしたボディを眺めている。
そして信号がスタートすればお互いに気にしないふりをして走り
去るのである。


 

雪夜のブレーク

カテゴリー │車にあ



クルマには流行があり、それは車種であったりメーカーであった
りするのだが、最近街でBMWをかつてないほど見かける。

かつてからさほどの台数を見ることがない唯一のメーカーだろう
と思っていたから不思議だとも思うのだが、中古車の価格をみれ
ば”こなれ”時期となり、この選ばれなかった最後のよい車が街
にあふれるようになったのだろうと喜ばしく思っている。

さてスノーブレークである。

風花と思っていた雪が夜になって路面を白く変え始めたから、腕
に自信のないドライバーの一人として早めに帰ってきた。
そして友のブログで久しぶりにこのブレークを見てときめいたと
いうのがかつての”くるまにあ”の動機である。

シトロエンはさらに選ばれなかったよい車であり、さらに選ばれ
なかっただろう車がBXブレークである。
広大であり、ぺったんこであり、宇宙船である。

シトロエンを見るときはそのリアシートがあるだろう場所を確認
してはその乗り心地を想像する。
おなじみのフネフネ感を持って走るこの車のシートのどこがベス
トなのかを想像すれば間違いなく後席である。

車のデザインはじつにドライバー優先である。購入するのがドラ
イバーならばそれは前席優先となり、デザインの納まりはいかに
ドライバーに擦り寄るかにかかっている。

いかに家族想いだろうと後席を優先するような(最近の家族向け
ワンボックスオーナーはいかがなのか)ことはない。

そこで代々のシトロエンを見ればいかに後席の居住性がよいかが
デザインであると主張するのに気づく。
それを知らせるのがシトロエンのデザインである。

長い全長の中に「車は人が乗るものなのさ」と人に最もスペース
を稼ぐかがデザインであると教えるのである。

シトロエンは車より歴代宇宙船であると例えられる。
それは長い旅をするならば何よりもリビングが大切なのさと宇宙
人たるシトロエンデザイナーは言うのである。

宇宙船シトロエンは空力上ファストバックをとる。
のだが、後席のパッセンジャーの頭をしっかりとクリヤしたとこ
ろでルーフを折るのである。

このブレークの魅力は後ろ斜めから見る長やかなルーフである。
充分なる後席のさらに後ろまで続くウィンドウである。
ハイドロを落としてしまったあまりにもぺったんこの白いゴキブ
リ感でもある。

一度ならずこれを追っては走り、驚くほどの長さのウィンドウを
眺めるとき、選ばれない宇宙船のすばらしさを自分こそと思った
ことか。

外は雪である。部屋はストーブでヌクヌクである。
そして宇宙船をながめては「選べなかったあなた」の一人である
ことを知るのである。


 

軽箱はケッパコ

カテゴリー │車にあ



何年か前、友人が「ケッパコに乗ってるよ」と車のことを言う。
それは軽の箱型の車、それ以来そう言うのかと覚えています。

HOT最終戦のカナルに流行の「ケッパコ」のキャンピングカー
が展示されていました。

今年の4月にカナルを会場に開催した「浜名湖ボート&スポーツ
ショー」で知り合ったオーロラというブランドの車です。

キャンピングカーで旅することは誰でも持つ夢ですが、実際に
は大きなキャンピングカーを購入する夢は果たせませんが、
通常には「ケッパコ」として普段使いし、週末には中で寝られ
る装備を持つ車なら現実的となります。

仕立ての良い内装が「旅」に誘ってくれるならばこれはとても
魅力を持つ車となります。

友人は旅とキャンプを愛し、週末となると蓼科まででかけたり、
富士五胡あたりでキャンプをすると言う。
彼は珈琲を愛し、店でも飲めないほどおいしく淹れてくれる。

話を聞くたびに小さな気楽な旅を想像してしまいます。

仕事がら東海道をよく走る自分ならば、北陸を旅してみたい。
まずは北陸まで走り、北陸の海岸線を走るT字路にぶつかり、
そこで右か左の選択をします。

コイントスでもジャンケンでも2人で決めて右か左だけ決めて
旅を続けるのです。
もちろん車中泊ができる車でのんびりとした旅をするのです。

まだ想像だけだけれど、港町にはイカが干してあります。
それを買って焼く匂いがこの想像にはあります。

とてもおいしそうな匂いがたちこめる夢なのです。


 

さよならワーゲン

カテゴリー │車にあ



昨年友人から「ワーゲン買わないか」という誘いがあった。

思いもしない誘いに迷ったものの、ワーゲンは誰にでもフレンドリー
ながら選ぶとしたらライフスタイルにもなる車、結局出かけて行き
ニューワーゲンを見た。

ワーゲンはその形がオシャレなスタイルを要求するのだが、それは
日本に紹介された旧ワーゲンの「POPEYE」的な使い方を想像する。
それはまさにアメリカ西海岸である。

壊れたら誰でも治せそうな旧ワーゲンのエンジンを積んだ車はピカ
ピカよりも「治せる古さ」を魅力とした。そしてそんな車はライフ
スタイルを持つ遊び人たちに愛された。

いつまでも半ズボンから膝を出しビーサンを履くような”うらやま
しさ”を持つ人たちに愛されていた。

ニューワーゲンは旧スタイルを踏襲にして現われ今年で12年、2010
年で生産を終えると言う。ちょっとしたファッションニュースのよ
に感じた。

お気に入りのオールドスタイルながら着古しのシャツの新品が買い
足せなくなるような気持ち。

未だに選んでしまうボタンダウンシャツが街から姿を消すようなと
言ったら分かりやすいだろうか。

「買わないか」のワーゲンは決して高年式ではなかった、されど
ワーゲンである。ニューにしてもワーゲンである。

ちょっと大げさなホイールを履いていても、タイヤの溝が無くても
傷づきやすいというプラスチッキーな内装の傷を見てもワーゲンと
して許せるのである。

2010年に製造を終えるワーゲンは初代が1934年に生まれてからの
伝統をおしまいとしてその役を終える。

されどワーゲンである。ライフスタイルを持つ者に愛される唯一の
車である。

ピカピカのオーバルウィンドウだってまだ世の中には存在する。
お弁当背負ったようなカブリオレだって見かける。

ちょっとオシャレな女子が煙草をくわえながら粋に流すニューは
これなかなか見かけている。らしいなと思っている。

スタイルを持つものは製造終了後に長く愛される。
唯一無二のものとしてこれからも選択される。

ならばこれはお別れではなく、選択肢としての将来がある。
ただし免許をお返しするまでの時間までのね。

車とは免許を取得してからお返しするまでの数十年間のファッシ
ョンの変遷と同義である。

さてワーゲンをワードローブの一枚として買い足すならば今年、
いつか程度のよいあの頃の古着として買うならばお楽しみはこれ
からである。

レモンイエローのこいつにちょっと乗ってみたかったような。
決断はまだ二十年ほどは残っているだろう。

ワーゲンに「急がなくてもいいよ」と言われているような気が
する。


 

サウンドbyアルファロメオ

カテゴリー │車にあ



 単独のメーカーで加えられない魅力を他の得意とするメーカーに技術依頼する
ことは数々の例があります。
かつてのいすゞはジェミニやビッグホーンの足回りをその分野で優れたロータスに
チューンを依頼し、ハンドリングバイロータスとして発売したことがありました。

 ハイブリッドカーが売れている今、新たな魅力とされている部分が問題となって
います。低速で走る間をモーター駆動している車はエンジン音がしない為に、自
転車や歩行者に危険を知らせる術がないというのです。

確かに音なしで近づいてくる車は危険ですから対処方法としてならんかの音を
出すこととなる。ガソリンエンジンと同等の音を付加すべしということのようです。

静かなものに音をわざわざ加えるとはナンセンスのようですが、安全が優先す
るならばなんらかの方法をとらなくてはならないでしょう。

そこでサウンドチューンをするのはいかがでしょう。
基本のハイブリッドカーに後付するサウンドアイテムとして、魅力的なエンジン
音を出すこととする。
これもガソリンエンジンのみの時代にはよいエキゾーストノート(排気音)との車
は話題とされていたものでした。

例えばプリウスを買う、安全の為にメーカー仕様では低速モーター駆動の間は
「リンリン」とブザー音を鳴らしている。
これに満足できないユーザーは後付部品を作っているメーカーからサウンドシス
テムを購入する。

オートバックスやイエローハットあたりに、「エンジンサウンドシステム」というチュ
ーンのブースが現れるのです。
もちろん排気などとは連動していませんから音のみをスピーカーで流している。

アルファサウンド(アルファロメオ仕様)の野太い音はいかがですか?
ポルシェサウンド(ポルシェ仕様)の水平対向エンジン音はいかがですか?
レトロビートルサウンド(VW仕様)、ガサツというなかれ乾いた西海岸仕様は
いかが?

なんてのがあると楽しくなる。

プリウスの後ろに「Sound by Alfa Romeo」なんてシールが貼ってあったりし
たらどうでしょうね。

かまわなければSound by フェラーリだってありえそうです。

ブザー音などに比べれば後付けチューンはよさそうに思うのですがいかがで
しょうか。


 

2010台のシビックタイプRユーロ

カテゴリー │車にあ



 白いクマと真っ赤なつやつやボディの新型ワーゲンPOLOのCMが流れている。
真っ赤な車は乗る前の印象ほどじつは派手ではなく、街に溶け込む、夜ともなれ
ば黒ほどにも感じるから選んでみるとよいのである。

新型(ヨーロッパでは既に先行発売されて長い)シビックタイプRユーロが日本に
導入される。
先の経済ショックで導入は延期もしくはなしとされた魅力的な本来の”シビック”
がいよいよ日本に登場となるのである。

50代が持つシビックのイメージは現在に継がれてはおらず、長くその名前をマイ
ナーにしているのだが、”ワンダー”なシビックらが持っていたシティカーの位置
は子分である車たちに譲られてしまっている。
かつてはフィット並に街に溢れ愛されていた頃があったのである。

さてこのタイプR(ハッチバック)の攻撃的なイメージはかつてシビックを知る者に
「帰ってきたシビック」を感じさせる。

小さな下駄というよりスニーカー感覚で愛された車は今日的な武装をまとって現
れた、これがタイプRというところにまだホンダの”やる気”を感じさせるのだが、
たった2010台(2010年ということか)というプレミアムでなければ売れないという
3ドアハッチの厳しい市場があるのです。

小さなクサビのカタマリとなった感のあるタイプRを海外車評サイトで見かけてい
たのだが、ヨーロッパデザインの中で愛された車はフォードヨーロッパの車たち
と同様に性能とそのスポーツイメージで売れ、熟れてきた車である。

じつはホンダの車がちょっと苦手で購入した経験がないのだが、小さいホンダは
別、このメーカーは大きくなるほど魅力が薄まり、小さい車を開発させると「!」と
なるものが期待されている(という文化をホンダは持つ)。
未だその癖がユーザー側にあり、期待値をあげてしまうのである。

先日メーカー別の販売台数を見ると、トヨタの1位はゆるがないものの、2位はホ
ンダ、3位は日産となっていたのだが、その前月あたりでは2位スズキとか2位
ダイハツという月もあると言うのだ。

スズキとダイハツは別としてもどのクラスも揃えることを義務づけられたホンダは
総花的に車を開発しなければならないメーカーとなっている。

そこにスポーツイメージとしていたF1が無くなり、S2000も中止となった今はやは
りイメージリーダーが欲しい、それはかつてから築き上げた小さなスポーツを開発
するメーカーとしての位置である。

スポーツイメージを持つメーカーの小さなスポーツの置いてあるディーラーにはさ
まざまな年齢層のユーザー候補が訪れる。
そこにシビックスポーツがあり、東京モーターショーで発表され発売が待たれる
CR-X後継がある。
その上でミニバンを選ぶのも、大型車を選べるのがよい。
スポーツイメージを持ったメーカーの車を購入する楽しみとはそういうことである。

F1をショールームに飾れない今は、非売品のタイプRユーロを飾っておく。
それだけでハイブリッドのインサイトも、新型ワゴンRも売れてゆくというものなのだ。


 

50周年MINI50メイフェア

カテゴリー │車にあ



 MINIブランド生誕50周年を記念して「過去」をイメージしたというメイフェアの特別
仕様車が発売された。

郊外に出かける道すがらMINIの販売店の前で信号待ちとなり、いつもながらに
POPなカラーを並べる販売店を眺めていた。

「ちょっと派手だね」、美しいイエローのMINIあたりは充分に”横目”する価値はあ
るのだが50代ともなるとその内装が「大人気ないな」と躊躇してしまう。
充分魅力的なエクステリアはかつてイギリスで生産された”匂い”を醸して趣味的
であるのに、BMWはちょいと派手目の内装を特にメーター周りを提案し続けた。

若さにはベストでもチョイ若を選択できる大人はそうはいない。
かつて何度もMINIを覗き込んだ時の憧れは旧MINIにあり、今のMINIには無理を
感じているのです。

ならば「内装がさ、もっとシックならば選べるのにね」という会話となる。

基本の内装造形はそのままとしてもそこにウッドをおごり、レザーを使い、その色
も落ち着いたものとする。
ボタン類も今日的な機能はそのままに「光りもの」を失くし、細い細いクロームに
替えてキュッキュッと光らせる楽しみを持たせるのです。

ネーミングするならば MINI-CLASSICというようなバージョンを設けてもらいたい。
美しい過去と思い出を最新のボディとエンジンに乗せることは、誰もが思い描く
本来のMINIのイメージと直結する。

MINIなる言葉は現代にこそフィットして必要にして充分かつスポーティと意味を
持っている。
髭も帽子もウェアにもこだわる年代にはそれなりの乗り物が欲しくなる。

訴求するところは最新をノスタルジックでという安全とセンスの良さのバランスで
ある。
ブランドを買ったBMWには既にそのイメージを継承するセールスがある程度保
障されている。
ならば、クラシックという無垢なるイメージを提案してもよいのではないかと思って
いる。

コーヒーやコーラの文化の後にスポーツドリンクばかり飲むイメージが続く。

再度ティーの文化を提案してみることに期待してみたい。


 

トウィンゴは青年の主張

カテゴリー │車にあ



 一日に一回車評サイトを眺めている。東京モーターショーの話題も出尽くして
新しい話題が欲しいところに、ルノートウィンゴRSのデビューを知り読んでいる。

多くの車評の中のひとことに心と想像を膨らませて何かを書きたくなるのは多く
は小型車である、プチであり宝石であり、若さであり躍動である。

筆者が読んだプレスリリースによると「初めてホットハッチに乗る若いユーザー
のためのモデル」として位置づけられ、プロダクトマネージャーは、「トゥインゴRS
は若者向け、ルーテシアRSはおとな向け」と言ったという。ここに反応する。

まだかのフランスの地では若者にホットハッチを乗せようとしている、またそこに
市場があるということがわかりホッとする。

「若者がだらりと寝転がれるような後席空間をつくり、バカでかい顔で前走する
オヤジ車たちを威嚇する」などというある種の車づくりをしていないのである。

若い日は短い(若さゆえに恋人はヤンママになりじきに子連れとなる)からいま
さら「入門車」などという理解は得られなくとも独身であるならば、まだ彼女と二人
の刹那な時間を延ばして使えるならば、こういう車を体験してもらいたいものだと
思うのである。

バックミラー一杯に写るデカ顔の車が映るならば、半ばあきらめたように車を譲る
のだが、小さな宝石がエンジンのスペックいっぱいに追いついて来るならば、即
座に道を譲りつつ「青年たちよ美しい時間よ」と祝福する。
力いっぱい走るとは、余裕をかまして道幅一杯の車を走らせることではないので
ある。

小型、それもハッチバックはじつは青年たちでなく、小型から少しづつ大型化の
流れを知っている世代にウケていると聞いている。
ノスタルジックではなく、また二人になった”二人もしくは恋人たち”にぴったりの
サイズであるからだ。

ここにどんな要素、豪華かスポーツか、それともどちらともかを選択肢として小さな
二人の為の車を買う。 車は乗る人の数の必要にして最小公約数の車をよしとす
るクレバーさを持つ仲間が多くなっているのだ。

あとはRSというチョイ派手、もしくはチョイ悪というセンスをよしとするかを二人で
話あうのである。
最近、小さな高級車という車が気になる。
RSなる車にはバケットシートのような腰肩をホールドするシートが納まってしまう
のだが、ここをforシニアと考えてくれるのであれば、ぶ厚く膝のわずか手前まで
をサポートするシートが欲しい。

トウィンゴは初代のあの「何もないが乗るか」というシンプルさから車らしくまとま
って来ている。”フランス”の若者に独占させるには惜しく、日本の古者に充分ア
ピールするものとなっている。



 

芝刈りと書初めの匂いの風雅

カテゴリー │車にあ



トヨタの三車種目のハイブリッド”SAI”が発表され、トヨタのハイブリッド率は既に
16%となったと言う、全ての車ではハイブリッドは11%となる。
まさにトヨタ系ハイブリッドの時代に日産は新型のFUGAを発表した。

この車のテーマ「艶」と「勢い」をある車評サイトは「エロくて過激」なのだと言う。
人に例えればハイブリッドの「お利口さんで教育された」イメージの子が増える中、
アッパーでグラマーな子が現れたことになります。

同じ顔で見分けがつかない羊の群れの中に、どこにいても目立つ目鼻立ちがはっ
きりした圧倒的なグラマーな子が混ざることとなる。

フロントのフェンダーのこれほどに盛り上がっていればドライバーは運転席からで
「なんでもできる証拠なの」とアピールされ、特別な色のドレス(ディープブロンズ)
ではなんと光の射し具合では赤ラメがキラメクというゴージャスさとなるという。

確かにちょいと前の「エロかっこいい」子が日産という”お店”に現れ、源氏名を
「風雅さん」と呼ばれるのも、車というファッションにはありだと言えるのだ。

ちょいと地味だった過去の風雅さん、体を鍛えることで磨きをかけお化粧をなおし
たお姉さんは「この頃流行(はやり)」な子として蘇ったのであります。

面白いのがこの姉さん、当然ながら匂いにもこだわっているそうで、アロマディ
フューザー(お父さんは難しくてカタカナは苦手だなあ)が2時間ごとに2種類の
匂いを”自然”に漂わせてくれるのだそうであります。

これが「芝刈りの匂い」と「書初めの匂い」だそうで、風雅さんお店に出る間に
CHANGE!の国よろしく芝生を刈り、手習いをして墨まで摺るという教養を供えて
いる。なかなか内からも磨くという努力家なのであります。

さて、グラマーかつお化粧上手、着こなしはちょいと派手ながら「芝刈り」という
アメリカの夢をも実現し、その実、書まで嗜むという子をさて乗りこなせましょうか。

FUGAさん当然ながら運動神経はさらに鍛えて俊敏であります。
あらゆるスポーツをこなすことで美しい肢体を作り上げております。

同じような子が並ぶ中に、妙に目立つ子が一人、さてこれはお好みであります
が、「オホン」と常識顔をしながらこういう子に横目してしまう紳士も多く・・・私も
でありますが、群れからはみ出たいと思う心理をソソッてくれるのも風雅さんの
魅力なのであります。

さてお父さん、いかがでしょうか、お母さんに聞けば「バカね」と群れに戻される
ばかりでありましょうなあ。


 

マルーンのZロードスター

カテゴリー │車にあ



フェアレディZの新ロードスターが発表された。発表された写真はイメージカ
ラーを表しますが、この色に懐かしさを感じています。
代々Zにはこの”マルーン”という色がイメージカラーにあるのです。

懐かしさを感じるのは”ロードスター”と言う言葉にもある、現在ではロードスター
はマツダのあの名車を呼ぶ言葉になりましたが、日本で一番先にロードスター
を名乗ったのはダットサンロードスターだったのです。

ロードスターはイギリスの2シーターのオープンカーを呼ぶ言葉でしたが、これ
を復活させたマツダと同じく、日産もZにこのノスタルジックな車趣味の名前を
冠しているのです。

かつてのダットサン(DATSUN)はダッツン(アメリカ呼称)と呼ばれ纏っていた
マルーンのドレスのDATSUN Zはアメリカで大きな人気を得た。
この色は赤(イタリア)でもシルバー(ドイツ)でもなくアメリカ・日本の愛するZ
を表す色なのです。

4シーターの金属屋根を持つオープンカーが増える中、2シーターで幌を持つ車
はもはやノスタルジックそのもの、王道を行くものZは手法も変わらない古典を
踏襲するのです。

Zは究極なる文字を表します。ゆえに古典的喜びを守り、今再びマルーンのド
レスを着けているのです。



 

チンク車のおばあちゃん

カテゴリー │車にあ



久しぶりに車評サイトを見ると「ほぅ」と昨日見たばかりの車が出ている。

フィアット500にアバルト仕様が出たというニュースを見て読みいるのだが、
こんな小さな車(これは500ccではなく1400cc)を見るとなごむ秋の朝である。

道に立っているとブルルンと小さくて白いフィアットが来る、運転席には若い
お嬢さん、後席にはお母さんと見える女性、そして窓をあけた助手席にはお
ばあちゃんが座る。 フィアットは走ってゆく。

フィアット500は「チンクエチェント」と読むのだが、この車はまさに家庭の愛
玩犬のように愛らしくまた「ちんまり」している。
ゆえに名づけて「チンク車(しゃ)」である。

さてチンク車にのってゆく家族はどこを目指していたか、2ドアゆえにお母さん
は運転席側のシートを前に倒して(最近こういう車珍しいですなあ)腰をかげ
めて「どっこらしょう」と乗り込んだに違いない。

「おばあちゃんはこっちに乗って」と娘(孫)は助手席をあけておばあちゃんを
乗せたに違いない。

「かわいい車だねぇ」とおばあちゃんは言い、その手には爺ちゃんの墓参り
用の花を持っていたに違いないのである。(違いない違いない)

おばあちゃんはエアコンが嫌いで、家族に何度言われても部屋にエアコンを
つけようとしない、ゆえに窓を開いて走ってゆくのである。

「うれしいねえ、おじいちゃんもお前に会いたがってるよ」なんていうおばあち
ゃん。
後席に乗るその娘50歳も「そうだそうだたまにはいかなくちゃね」とうなずい
ている。

「そかな?」と孫娘は思いながら家(うち)は三代女系だなあと、家に置いて
きたパパのことを思う。

チンク車は走り去り、秋の風が吹くばかりとなる。
チンク車に新たに加わったアバルト仕様はご存知「サソリ」マークがついた
高性能バージョンなのであるが、女系三代で育った孫娘には似合わない。

アイドルにして女優の足元にサソリのタトゥーがあることを知って多くのお父
さんは驚いた。 

娘にはフツーで素直に育って欲しいと願っているのである。

少々チンクシャでもよいから、幸せに暮すのだよ。


 

赤い土のレモン

カテゴリー │車にあ



秋を感じると浜松の郊外三方原へ向かうのは、春に見たあの白い房の花の結果
を見たくなるからです。

赤い土が合うのか三方原には栗園が多く、不思議なことにあまり収穫されている
ところを見ず、木についたまま、多くは落ちて栗を見る楽しみを与えてくれる。
結果とは面白いもので、実を結んだこと、秋の代表の実に会いに行く。

秋の陽の中、ルームミラーにレモンの光が近づいてくる。

車は見下げて見てはいけないものだと思っている。車の横に立ち見下げてその
スタイルを見るならばどの車もズングリと見えてしまう。
車をデザインする者は平面なる紙の上であるいはモニターの画面の上でそのス
タイルを描いてゆく。

例えるならば走る車の中に座ってみる高さであり、道に立ち反対車線を走る車を
見送るその距離感を持って美しくあれと設計されている。
車を見てデザインを語るならば、まずは彼女の前に膝をついて語るべきである。

ミラーに近づくレモンは太陽光の中ではさらに”薄いレモン色”の光を反射する。
路肩に停車して見送ればスルリと車をかわしてゆくその美しいスタイルを眺め送
ることができるのである。

”この車を細部までデザインを検討つくされた”と書いた車評家のことを思い出し
てなるほどと見送っていた。

次の赤い土の角を曲っていくレモンはデザイナーの意図した距離を持って遠ざ
かって行った。
その車に乗る人を少しうらやんだ。そして嫉妬したのだから彼女は美しかったの
だと反芻した。

レモンは車を美しくするドレスの色である。

「ガタンブルル」と車に火を入れて追うはずが、目で追うのみがよいと思いなお
した。やたら食指を動かすのは紳士にあらず。
また悪い癖が出ても困るのだ。 

結果、女性はいつでも女性代名詞である。彼女のレモン色のドレスは秋の栗園
を過ぎて遠ざかっていった。

実を結ぶものがエスコートして遠ざかっていった。イプシロンはちょっとこちらを見
たような気がしたと思う男はまだショっているのかもしれない。


 

くるまの夢

カテゴリー │車にあ



昔々車が大好きなニホンという国がありました。

ニホンは年上を敬うという精神が満ち溢れ、農耕民族の国ですから出過ぎることを
嫌い「年相応」なることを美徳としておりました。

免許年齢に達すると夢の免許証を手に入れる為に通う学校のほかに自動車学校
に通い、卒業すれば家の車を借りては運転し、お金を貯めて小さな車を買い、それ
でどこまでも走っては車の楽しさを覚えたのでした。

社会では「いつかはクラウン」という目標があり、社会に出た若者はまずは軽自動
車や小さな排気量の車を買い、その車を乗りつぶせば少しづつ排気量の大きな車
を買いました。けれど決して父の車を越えることも、上司の車を見てはその下の排
気量の車を買うという美徳を守っておりました。

そしていつか社会が認める「大人」になったならクラウンに乗るんだろうと考えてい
ました。

車には1000 1100 1200 1300 1500 1600 1800 2000ccとさまざまな排気量
がありました。各メーカーは青年たちにむけて相応な1500ccあたりの小さな車を
作ります。
その上のコロナやブルーバードはちょっと上級過ぎましたし、2000ccなんて車に乗る
身分ではありません。それらは会社での出世や社会での成功後に乗るものだと思っ
ていたのです。

その頃に若者専用というジャンルの車が生まれます。
1600と2000という当時最大のエンジンを積み、決して出世してしまった大人が乗らな
いだろうスタイリッシュで狭い車です。
開放感や豪華さより、車に乗り込めば走るだけとなるような車を若者は求めていたの
です。

オートマチックはまだクラウンたちのものでしたし、若者は手足4本を使って走ることの
喜びを知っていました。若者専用に作られた車はその世代だけが乗れる車として経験
すべきものとして時代は提案していたのです。

その後ニホンには不思議な若者たちが出現しました。
中古車業界の発展とともに新車で買うより中古の「オジサン」カーを乗ることを覚えた
若者たちでした。
大きなエンジンと大きなボディ、豪華な内装を持つ車をみれば、ゆったりと走る大人を
想像したものでしたが、そこに乗っているのは不思議な若者たちでした。
そしてその車は溢れる馬力を使って高速で走りまわるようになったのです。

いつかはという車の一世代前の車は若者たちのものになりました。
町を走る車のドライバーの年齢はまるでわからなくなりました。

車だけにお金をかけられる若者たちは町の通行の中心となり、大人たちこそ小さな
車に乗り始めます。それは車ではなく家族にお金をかかるべき大人たちでした。

大人たちの世代は順序の美徳を知っていますから今でも身の程を知っているそうです。
まだクラウンじゃないなと思ってがんばる人が多いのです。
若者たちは大人の背丈を越えて生きるものたちですが、若者たちの車も大人の背丈
を越え恰幅を良くし、その力を溢れさせるものになりました。

小さな車からはじめた大人は小さな車、ほどよい車の美しさを知っています。
いまやその世代のほうが若者より増え、その比率は高まっているのだそうです。

何台の車を乗り替えてきたかを思い出せば小さな車から大きな車へと変わっていった
成長期、ほどほどの車になった子育て期、そして今はまた小さな車の楽しみを思い出
しています。

いつかはクラウンが大きすぎるボディとエンジンを持つ時に、1000ccの楽しい思い出
を持つ大人が増えてきています。

ニホンという国は車文化においてぐるりと回ってまた最初に戻った選択がはじまります。
小さくて美しく、今まで経験した経験を満たし、足腰にやさしくそしてほどほどであり、
お洒落心も満たしてくれる車が求められています。

もう大食いもいりません、たくさん飲むこともしません、楽しみの何かをしれば足りるこ
とを知り、見栄などはいらないのだと思うのです。

車線一杯を使って走るより、キビキビと楽しみと楽しみの間を結ぶ車があればそれが
大人の車です。そんな世代への提案が始まれば車社会は熟成したと言えるのです。
これはニホンという国のお話です。


 

黒トラで行こう

カテゴリー │車にあ



朝刊を読むと面白い新製品が載っていた。三菱のミニキャブトラックに「ブラック」
バージョンが追加されたという情報でした。

白がほとんどの軽トラック市場に追加されたブラックで新たな市場を掘り起こそう
とするものです。

軽トラックといえば農家の必需品ですが最近では菜園をつくる趣味には憧れの
車となっています。
趣味からはじまるものは次第に道具もプロ志向となりますから軽トラは新農民
の究極のギアとなるのです。

車雑誌のハゼさん風に解説してみると

長く商社につとめていた桑尾耕作さん(62)と妻美代子さん(60)は定年後に
始めた菜園にはまっています。

里山登山が流行中、アウトドアウェアできめていた桑尾さんでしたが次第に
ワークウェアにもはまり出して一式揃えています。

お洒落な新農民となった桑尾さんと妻美代子さんは黒トラで借りた農園へ向
かいます。農家の畑の一角を借りた農園にはプロの白軽トラが停まっていま
すが、新農民の二人はタウンユースも考えてこの黒トラにしたのです。

本物志向の農具、最新の肥料に健康な農業志向の仲間たちと出会う。

作業がひと段落したら土をはらって黒トラに乗り込み、秋の澄んだ風が心地よ
いオープンカフェへ出かけます。
会社員時代からランチに通った店ですが、スーツから最新のワークウェアに
変身した今を見せたい思いもあるのです。

午後の仕事は秋まき野菜の畝づくり、小型の耕運機が黒トラの荷台に乗って
います。
どれも悠々な生活を楽しむ為のもの、手作りな野菜を収穫しては友人夫妻の
家を訪ねるのも毎日の楽しみのひとつです。

軽トラは土汚れがついてこそとは思いますが夕方には丁寧に手洗いしてワッ
クスで磨きあげるのも桑尾さんの仕事のひとつ。
ガレージに納めたピカピカなブラックボディをながめては明日も天気になあれ
と祈ります。

夕食の買出しは美代子さんを隣に乗せて巨大ショッピングセンターに向かい
ますが入口近くの「軽自動車」枠に自慢の愛車をとめてしまいます。
黒トラで楽しむ毎日、買い物中に声をかけられるのも二人の楽しみです。

横目しながら野菜売り場を通り過ぎ、次はどんな野菜を育てようかなと思う
二人なのでありました。


 

カーゴが街を小粋にする

カテゴリー │車にあ



来る東京モーターショーに向けて事前リリースが続く、ダイハツバスケットな
生活の次に取り上げるのは街の小粋カー「三菱i-MiEV CARGO」である。

三菱が開発し広く市販が待たれる電気動力の車のカーゴ(荷室)付スタイル
として電気自動車の普及を図るスタイルの提案車となっています。

電気うんぬんは、電気スタンド(机の上のではなく)の普及や家屋の外に電
気補給の場所を確保するなどの理由で普及の為にはインフラ作りが必要な
わけだが、こんなカタチは街に既に似合っている。
もちろんベースとなる三菱iで実現できるわけだから当然でもある。

メーカーは花屋さんに使っていただきたいと普及のアイデアを披露するわけ
なのだが、こんな車があれば本家のiの追加スタイルとして充分に受け入れ
られるだろうと思うのです。

友人と提唱する「街を小粋にする車」の一つとしてさまざまなPOPなカラー
のカーゴが溢れることを期待したい。

郊外の住宅地を流していると隣にこのカーゴが停まる、面白い形に楽しい
色の車が停まれば誰もが「いいな」と思う。
何も大馬力のスポーツやミニバンばかりがよいわけではなく、街を走る仲間
には「楽しそうな」車があって欲しいものである。

現在ではカーゴという荷室を持つ車を商業車ばかりとはとらえられていない。
趣味車としてどうだと検討されるのであり、また商業者ベースがカッコいいと
思われるからトヨタのあの長尺のバンが多用途カーとして街に溢れるので
ある。

2名+遊びを予測させる車が隣に停まったならばどんな楽しみがあるのだろ
うとその人のセンスを覗きこみたくなるのである。

仕事+遊び、遊び+仕事を両立する車は街を小粋にするのである。

「かわいいっ」けれど「満載」、お花屋さんのみでなく多様に使えるカタチが
小さなカーゴである。