村田亙人生まだ半分

カテゴリー │ヤマハラグビー部

村田亙人生まだ半分

昨日はヤマハのトップリーグ最終節、試合取材疲れより、今期13試合を共に
過ごしたチームと共に応援の誰もが達成感を味わった日となり呆けておました。

1試合はトップリーグ13試合の1/13でしかありません。
そして試合とは勝敗があるもの、勝利の喜びもあれば、及ばずに悔しいことも
ある。

15人で戦うスポーツですから全員がベストの状態でかみ合うことは難しい。
それがラグビーの楽しさでもあるのです。

昨日の試合後、一人の男がヤマハスタジアムのピッチに立ちました。

村田亙(むらたわたる)40歳。トップリーグ最年長にして、初のプロラグビー選手
となり現在のラグビー界のあらゆる先鞭をつけてきた男が引退を決めたのです。

専修大学から東芝ラグビー部を経て、関西リーグ優勝の為にヤマハへ移籍、見
事リーグ優勝をしてヤマハをトップリーグのチームに昇格させた立役者の一人が

古巣東芝との戦った最終節に途中出場して現役の最後の試合を終えました。

村田亙人生まだ半分

共に40歳、互いに9番を背負い、現役を続けるライバルでもあるジュビロ磐田の
中山選手が登場して抱き合い、互いのジャージを交換しました。

二人はラグビー、サッカーを愛する男の手本となり、目標となる選手として現役木
を続けてきました。

「40歳、まだ人生は半分です」、村田選手が会場に向けて生涯現役でラグビー
を愛してゆくのだと宣言します。

たとえヤマハのジャージは脱ぐとも、ラグビーを愛し貢献する村田亙の人生は
まだ半分しか過ぎていないのだと言う。

うれしくて、その場を見た感激に昨日は呆け、トラジュビのトピックスの更新もせず、
ブログも書く気持ちが失せて、ただ村田亙選手の得た達成感の空気の中にいよ
うとしていた。

僕は50歳、人生で最も美しい時を迎えている。

ラグビーはトライを続け、仲間とスクラムを組むなど人生にたとえられる。
前に向けて進む力と強い心を教えてもらえる感激のスポーツです。

ならば、ラグビー報道の隅っこながらも、選手たちを語り、選手たちから
教えてもらうものを語りたいと思う。ラグビーは人なり、そこに感じるものが
あるのです。

村田亙さん、私はあなたの、あなたの人生の大ファンです。

まずはひとまずお疲れさまでした。


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