演歌の船乗り
若き頃、友人と列車に乗り北へ旅立った。
一度上野駅を発つ列車に乗って見たかったこともあり、正月休みで混雑する上野
からL特急に乗って青森まで旅をした。
東京でこそ数センチの雪が積もるのを見たけれど、盛岡を過ぎたあたりから雪が
降り始め、一面の雪景色となり、外を見ていた車窓に雪が積もり、窓が丸くしか見
えなくる。
港町の近くに宿をとり、近くの居酒屋に行き、生意気に熱燗をたのみ、酌み交わす。
流れているのは、普段聞きもしない演歌、地元の客が多い店は演歌を聴きながら
黙って酒を飲むような店だった。
この土地に生まれこの土地に育つ、それが一番よいと言われるが、浜松とは違い
若き旅行者にあまりにも厳しく暗い店に流れる演歌を聴くうちに、なぜか一緒に口
ずさむようになる。
演歌の単調な節と、決まりきった伴奏と、定番な歌詞がしみてくる。
「港、女、涙、別れ」などが定番だという歌詞をきくうちに、ハタ!と気づく。
演歌はこういう地域の人たちが聞く歌なんだ。
厳しい寒さの中で暮らし、仕事をし、疲れを癒す酒を飲む。
そこに理屈も、難しい理屈もいらないのだから。
年があけ、朝、宿の人にすすめられて港から出航する漁船を見にいったんだ。
どの舟にも、たくさんの旗が飾られ、出航したらしばらく帰ってこないのだと
言う。
港には、女たちと、子供たちがそれを見送る。
船団を組み、港の中を何週もまわった後、一隻づつ外海へ向かって行く。
舟という舟が、大きなラッパ型のスピーカーを積んでいて、威勢がいい北島
三郎さんの曲をかけている。
僕らはその勇ましさに手をふり、無事を祈った。
ふりかえるとそこには、港、女、涙、別れが、確かにあったのだ。
演歌はカッコイイ、男らしいと思った旅の朝だった。
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