鉄錆の葉

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鉄錆の葉

「光の流れですね。気持ちが一緒だと映像も近いものになるのですね」

昨日の”橋と向こうの家の光”を読んで大黒屋さんからコメントをいただいた。
大黒屋さんの世界に憧れて撮った写真への言葉がうれしく、昨日を過ごした。

帰って大黒屋さんのページを拝見すると、昨日の”夕方の癒し”のテーマは「錆と錆朱

いつか教えていただいた「錆も枯れも美しい」という心を撮っていらっしゃった。

少し驚き、気持ちが一緒だと映像も近いものになるという言葉を反芻した。

じつはその頃、萩丘での仕事を終え、放置された果樹園にいた。
萩丘から近くの団地の中にある果樹園は蔓だらけの好みの場所、ここで蔓の実のジュ
エリー
を楽しんでいた。

そして藪に踏み込み、朽ちた納屋とも紅葉を見つけて、ふと鉄錆の教えを思い出した。

「この色だ」と思い、一枚写真に収めたのです。

気持ちが一緒の時があり、同じ色を同じ日の光の中で見つけていた。

若い心はピカピカの鋼鉄であるが、我々は錆を持ってもなおそこに立つ鉄である。
そこに沿うように紅葉が彩る。

教えは本で学ぶものではないと思っている。聞くよりも行動せよ。
そして考えてみる。

今年は光を教えていただいた。多くの藪を見て季節を知り、毎日変わる光を浴びた。

「まだまだ錆びてなんかないぞ」

出会いができる心に感謝した。光を見ている限りまだ心は進化してゆく。

鉄朱という言葉を覚え、使えるようになった。昨日の発見は今日の一歩の深まりと
なる。

うれしくてこんなことを書いている。


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この記事へのコメント
コメントいたします。
感じるものが同じになってきましたね。
光と色が共鳴を生んでいる、それも自然に現実と真実として。
  渋さが魅力となる年齢ですね。
    「錆と渋さと光」
Posted by 大黒屋 at 2007年12月13日 13:43
同じものに気づき写真に収めていたことがうれしく思います。感じなければ見つけることもない。
ゆっくりですが見つけていきたいと思います。
Posted by イチロー at 2007年12月13日 17:49
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    コメント(2)