気配

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気配

朝の番組でコメンテーターをつとめていたカメラマンの浅井慎平さんが言う。

「妖怪とかはね、気配のことで今は世の中が明るくなりすぎて妖怪が棲め
なくなってしまったんですよ」

岩手県二戸の座敷わらしが出る旅館緑風荘全焼のニュースへのコメント
でしたが、浅井さんをして気配の経験がありそこには古くから何かが棲ん
でいることを肯定していた。

カメラのファインダー越しに小さな視角からものを覗く仕事は気配を感じ易
い、液晶を見ながらアングルを決めるのと違い、ファインダーを覗くカメラは
小さな視角の世界は死角に広い世界を感じているのです。

気配はわずかな四角の外にあります。

それが森の中ならば余計に感じるのです。 草を踏む足音だけの世界に
水が止まり、溜まり水の中に何かを感じている。
撮った写真の中に感じた何かが納まりませんようにと写真を撮るのです。

人の目はカメラなど及びもつかぬほど広角に景色をとらえますが、ファイ
ンダーを覗いた途端にカメラマンは極端に狭角の世界に入ってしまう。
気配は迫れども見えないものが迫っても気づくことがないのです。

カメラマンは覚ります。ピンポイントでフォーカスした被写体の外側にあま
りにも広いのです。

花の先に忙しげに蜜蜂がやってきます。ハニービーたちはせわしく花の
群れの中に次々に潜り込んで移動する。
ハニーな幸せの仕事をフォーカスしては撮っている。

そして次の瞬間にハニービーはファインダー外から現れたカマキリの腕
の中でもがいていた。

広くまわりを見て気配を感じていれば逃げられたものをとカメラマンは花
から離れます。残虐な肉食は見ることを避けるのです。

カメラマンは昔話を思い出します。

足元に小さなミミズが這っています。すると小さな蛙が出てきてミミズを
パクリと食べてしまいました。

満足そうな蛙が跳ねようとすると、草の間からヘビが出てきて蛙をひと
呑みしてします。 ヘビがするすると草の間を這っていくと狙っていたイタ
チがヘビを襲います。

しめたイタチだと毛皮を狙う猟師が鉄砲を構えます。
いざ撃たんとした瞬間に猟師は後ろに気配を感じて振り返ると狙いもし
ないで鉄砲を放ちます。

ドサリと倒れたのは一つ目の人食い入道だったのでした。

ファインダーの中に一瞬現れたカマキリは獰猛な三角な頭でハニービー
を噛み砕いています。

カマキリのいる花の後ろのサラサラ草が揺れて何かが隠れているよう
です。

カメラマンは後ろを振り返れなくなりました。気配がするのです。
ファインダーの四角の中に夢中になっているうちに何かが近づいている
のです。

水はしずまります。木々の陰は濃くなっています。
気配を感じているカメラマンがそこに立っています。

ファインダーから目を離すと自分のものではない陰がひとつ増えている
ことに気づくのです。

水がポーンと水輪をつくりました。
再び森は静かになりました。


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