イチロー的こころ（旧版）

法事に出かけた寺は、母方の先祖も祭られている。

本堂には今年忌を迎える檀家の名前が住職の手で丁寧に書かれていた。

一般の忌としては五十回忌までであり、中には百回忌という名前まで見る
ことができた。
人の心、祖先を敬う心は没後も長く続き、その子孫繁栄を守る先祖が並ぶ
位牌堂には寺の歴史と共に、多くの位牌が並んでいる。

叔父の名が書かれているのは五十回忌である。

その孫は五十を迎える。

自分が生まれたことを喜んだ祖父は自転車しかない時代に、遠くまででか
けて乳母車を買い、自転車にくくりつけて運び贈ってくれたという。
何度も転んで、お前の家に届けたのだと叔父が言う。

自分の誕生と共に体を壊していた祖父はその年に逝った。
その葬式の読経の最中に、１歳を迎えた自分が始めて歩き始めたのだと
言う。

「おじいさんがお前に足をくれたんだよ」と叔父は言う。

寺は祖父と自分を結び、今もその流れを後ろに伝えている。

法事は故人を通じて、また自分を確かめる場所になる。

祖父はきまじめな郵便局員だった、その子は会社を興し、その孫はこんな
生活をしている。

お前にはおじいちゃんの足がついているから強く歩いていけると話をした
んだ。

顔も知らないおじいちゃんの大きな位牌に手を合わせ、今いる不思議を
叔父たちと話した。

歩け歩けと祖父が言い、お前の誕生がうれしくてどこまでも自転車で走っ
ていったという祖父を思う。

五十年、一人で育ったと思ってはいけないのだ。
おじいちゃんの足は、まだ自分を前に向いて歩かせている。

家系は続き、自分たちは歩き続けている。